スピノザ『エチカ』における補助概念としての属性の変化する概念1968 · 本稿は、デカルトの esse a se / causa sui をめぐる論争(カテルス、アルノー)に対するスピノザの応答を手がかりに、『エチカ』の「属性」を実在的構成要素ではなく幾何学的作図における「補助線」として再解釈する。デカルトは神を肯定的意味での自己原因 とみなし自己原因を擁護するが、アルノーは循環性を指摘する。本稿は、この難点を避けるためにスピノザが採る「生成的定義」—定義が内在的起生因を表現し、そこから諸性質を導出する作法—に注目し、書簡60の円の定義のアナロジーを用いて、概念形成としての因果を読み替える必要を示す。次に、Gueroult(1968)の区分に従って第1部定理5–10を検討し、現実には存在しない「単一属性の実体」という想定が、定理6–8を導くための作図線として働き、定理9–10で無限属性の唯一実体(神)へと対象が移行する手 順を復元する。これにより、神の単純性と属性の多数性は、実在の分割ではなく読者の理解を導く補助線の操作として両立する、と結論づける。すなわち、「属性=補助線」解釈によって、定義上の自己原因の循環を回避しつつ、神の必然的存在と内在因の秩序をア・プリオリに構成しうること、そして読解=証明の経験が実在理解を深化させることを示す。