研究計画書|経済学・政策分析|PSM-DID
研究計画書
東京都排出量取引制度の規制強化は追加的な省エネルギーをもたらしたか
― 第2・第3計画期間におけるCO₂排出量・一次エネルギー原単位の傾向スコア・マッチング(PSM)と差の差法(DID)による政策評価 ―
大学院出願用・標準拡張版(サンプル)
注:実際の提出では、志望研究科の字数・様式・指定項目を最優先し、本稿を圧縮・再配置する。
要旨
本研究は、東京都の総量削減義務と排出量取引制度(Tokyo ETS)について、2015年度および2020年度の削減義務率引上げが、制度対象事業所のCO₂排出量と一次エネルギー原単位に追加的な削減効果をもたらしたかを検証する。継続的に規制対象であった大規模事業所を処置群、「地球温暖化対策報告書制度」に基づき観測可能な中小規模事業所のうち、義務提出事業者かつ制度閾値に比較的近い事業所を対照候補とする。2010-2014年度の事前属性から傾向スコアを推定し、用途別の完全一致とキャリパー付き最近傍マッチングを行った後、施設・年度固定効果を含む差の差法およびイベントスタディを推定する。主分析は新型コロナ禍の影響を受けない2010-2019年度とし、第3計画期間(2020-2024年度)は業種×年度固定効果、気象条件、2020-2021年度除外等を用いた拡張分析とする。CO₂排出量だけでなく、一次エネルギー消費量・床面積当たり原単位を同時に分析することで、会計上の排出削減と実質的な省エネルギーを識別する。本研究は、既存研究で結論が分かれる追加性を長期・段階別に再検証し、2026年度から本格稼働する国の排出量取引制度の制度設計に対して実証的示唆を提示する。
表1研究設計の概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 推定対象 | 2015年度の規制強化による追加的な平均処置効果(ATT)を主対象とし、2020年度の追加強化を拡張分析する。 |
| 処置群 | 第1計画期間以前から継続してTokyo ETSの削減義務対象であり、分析期間中に制度区分が安定している大規模事業所。 |
| 対照群 | 中小規模事業所の義務提出データから、用途・規模・事前原単位等が処置群と重なる事業所を抽出。閾値移行事業所と任意提出のみの事業所は主分析から除外。 |
| 主分析期間 | 2010-2014年度(事前)/2015-2019年度(事後)。第3計画期間は2020-2024年度を別建てで検証。 |
| 主要成果 | CO₂排出量、一次エネルギー消費量、床面積当たりCO₂原単位、床面積当たり一次エネルギー原単位。 |
| 識別戦略 | 用途別完全一致 + PSMによる比較可能性の確保後、施設・年度固定効果DID、イベントスタディ、代替重み付け・placebo・感度分析。 |
| 核心的貢献 | 規制の「導入」ではなく義務率の「段階的強化」の追加効果を推定し、排出削減と実質的省エネを分けて評価する。 |
注:本研究が主に識別するのは2015年度以降の「規制強化の追加効果」であり、2010年度の制度導入効果そのものではない。
研究背景と問題意識
日本では2026年度から国の排出量取引制度が本格稼働する予定であり、企業別排出目標、排出実績の報告、排出枠取引を通じて脱炭素投資を促す制度へ移行しつつある(経済産業省,2026)。この制度転換に先立ち、東京都は2010年度に大規模事業所を対象とする義務的なキャップ・アンド・トレード制度を導入した。東京の制度は、製造業だけでなくオフィス、商業施設、病院、学校等の業務部門を広く対象とし、都市型排出量取引制度の先行事例として国際的にも注目されてきた。
もっとも、制度対象事業所の排出量が減少したという事実だけでは、制度の因果効果を確定できない。2011年の東日本大震災後には節電要請、電力価格上昇、電源構成の変化が同時に生じ、その後も省エネ機器の価格低下、建築物規制、企業の自主的脱炭素目標などが進展した。したがって、制度対象事業所が「制度がなかった場合」に示したであろう反実仮想を、比較可能な非対象事業所から構築する必要がある。
さらに、既存研究は東京ETSの第1計画期間または第2計画期間の途中までを扱うものが中心であり、削減義務率が段階的に引き上げられた後の長期的な追加効果については十分な検証がない。排出量の減少が設備更新・運用改善による実質的なエネルギー削減なのか、排出係数、電力調達、クレジット利用等を通じた会計上の変化なのかを区別することも政策評価上重要である。本研究はこの点に着目し、PSMとDIDを組み合わせて、2015年度および2020年度の規制強化が追加的な省エネルギーを生んだかを検証する。
制度的背景
2.1 Tokyo ETSの対象と計画期間
Tokyo ETSは、前年度の燃料・熱・電気使用量が原油換算で年間1,500kL以上となる大規模事業所を中心に、基準排出量に対する総量削減義務を課す。削減義務率は事業所区分により異なるが、既存事業所では第1計画期間(2010-2014年度)の8%または6%から、第2計画期間(2015-2019年度)の17%または15%、第3計画期間(2020-2024年度)の27%または25%へ段階的に引き上げられた(東京都環境局,2023)。この非連続な制度強化は、政策強度の変化を利用した準実験的評価を可能にする。
第4計画期間(2025-2029年度)からは、実際に契約するエネルギー供給事業者の排出係数を用いる算定へ移行し、再生可能エネルギー利用割合の報告も拡充された。この算定制度変更は成果指標の時系列比較を複雑にするため、本研究の主分析対象は第3計画期間までとし、第4計画期間は将来の追跡研究に位置づける。
図1Tokyo ETSの計画期間と本研究の識別対象
出所:東京都環境局(2023, 2025)および経済産業省(2026)を基に筆者作成。義務率は事業所区分により二つの値を取る。
2.2 対照群を構成する中小規模事業所制度
原油換算エネルギー使用量が年間1,500kL未満の中小規模事業所については、「地球温暖化対策報告書制度」により、CO₂排出量、エネルギー使用量、床面積、建物用途、対策実施状況等が報告・公表される。同一事業者が都内に設置する複数事業所の合計使用量が一定規模以上の場合は提出義務がある一方、任意提出も存在する。任意提出事業所には環境意識の高い主体が選択的に含まれる可能性があるため、主分析では義務提出事業者に限定し、処置群との共通サポートを確保する。
また、同一の物理的事業所について所有者と使用者が別々に報告する場合や、建物名称・事業者名が年度間で変更される場合がある。所在地、建物名称、床面積、用途、事業者情報を組み合わせて重複を統合し、判定ルールと手動確認ログを保存する。制度閾値を跨いで大規模・中小規模の区分を移動した事業所は主分析から除外し、別途、処置時点が異なる事業所としてCallaway and Sant'Anna(2021)等の手法で感度分析を行う。
先行研究と研究ギャップ
東京・埼玉の地域ETSについては、日本の研究者による施設レベルの事後評価が蓄積されている。しかし、推定対象、成果指標、比較群、対象期間が異なるため、結論は一様ではない。以下では、本研究の識別戦略に直接関係する研究を整理する。
表2日本の地域ETSに関する主要な実証研究
| 研究 | データ・手法 | 主な知見 | 本研究との関係 |
|---|---|---|---|
| Wakabayashi & Kimura (2018) | 東京・第1期、施設データ・資料調査・聞取り | 観測された大幅削減はETSのみでは説明できず、震災後の節電や助言的手段も重要。 | 第1期中心。厳格な反実仮想推定と長期効果に課題。 |
| Arimura & Abe (2021) | 日本のオフィス施設パネル、計量分析 | 電力価格要因を分離し、東京ETSによる追加的な排出削減を推定。 | 対象期間が初期に偏り、段階的強化の効果は未検証。 |
| Abe & Arimura (2022) | 2007-2018年、事業所パネル、マッチングDID | 対象・非対象の双方で省エネが進み、追加的エネルギー削減は限定的。経済活動への明確な負の効果は確認されず。 | 第2期は2018年まで。第3期・COVID・長期動学を含まない。 |
| Sadayuki & Arimura (2021) | 東京・埼玉、企業内の規制・非規制施設、DID | 規制施設だけでなく同一企業の域外非規制施設でも排出削減がみられ、単純な域内漏出を支持しない。 | 企業内波及が中心で、業務部門の段階別強化を直接扱わない。 |
| Hamamoto (2021) | 埼玉の製造施設、低炭素設備導入 | 第2遵守期間の初期に高効率設備の導入促進がみられ、政策強度と投資ラグの重要性を示唆。 | 埼玉・製造業中心。東京の業務部門とは制度・技術構成が異なる。 |
| Lu, Tanaka, & Arimura (2025) | 2002-2016年、製造業事業所、複数期DID | 東京・埼玉ETSと生産性の関係を再評価し、制度全体では正の効果を示す一方、地域別の精度には差。 | 業務部門・第3期を含まず、環境成果の分解が主目的ではない。 |
注:各論文の研究目的・推定対象・対象期間が異なるため、係数の大小を単純比較しない。出所:各論文を基に筆者作成。
3.1 研究ギャップ
第1に、既存研究の多くは2010年度の制度導入効果を中心に検討しており、2015年度・2020年度の義務率引上げが追加的な削減を生んだかを、同一の設計で段階別に比較していない。とりわけAbe and Arimura(2022)が示した「追加的エネルギー削減が限定的」という結果は、義務率がさらに厳しくなった後にも成立するか再検証が必要である。
第2に、CO₂排出量とエネルギー消費量を同時に評価しない場合、排出係数や調達手段の変化を設備効率の改善と誤認する可能性がある。第3に、第3計画期間はCOVID-19による施設稼働率の急変と重なるため、単純な前後比較では政策効果を識別できない。本研究は、同一都市内の非対象施設をPSMで比較可能にした上で、エネルギーと排出の複数成果、イベントスタディ、業種別ショック、除外期間を組み合わせ、これらのギャップを埋める。
研究目的・研究質問・仮説
本研究の目的は、Tokyo ETSの削減義務率引上げが制度対象事業所にもたらした追加的な環境効果、その時間的展開、作用経路および異質性を因果推論の枠組みで明らかにすることである。
研究質問(Research Questions)
- RQ1 2015年度の第2計画期間への移行は、制度対象事業所のCO₂排出量・一次エネルギー原単位を、比較可能な非対象事業所に比べて追加的に低下させたか。
- RQ2 効果は政策直後に現れるのか、それとも設備更新・運用改善を通じて時間とともに拡大するのか。
- RQ3 2020年度の第3計画期間への移行後も、COVID-19等の共通・業種別ショックを除いた追加効果が確認できるか。
- RQ4 効果は建物用途、基準時のエネルギー効率、規模、所有・賃貸構造、優良事業所認定の有無によって異なるか。
表3検証仮説と判定指標
| 仮説 | 内容 | 主な判定 |
|---|---|---|
| H1:追加性 | 第2計画期間への移行後、処置群のCO₂排出量および一次エネルギー原単位は対照群より低下する。 | DID係数 βII < 0、事後のイベント係数 < 0 |
| H2:動学効果 | 設備更新を伴うため、政策効果は導入直後よりも2-4年後に大きくなる。 | イベントスタディ係数の絶対値が時間とともに拡大 |
| H3:実質的省エネ | CO₂原単位だけでなく一次エネルギー原単位も低下する。 | 排出成果とエネルギー成果の符号・大きさを比較 |
| H4:削減余地 | 事前原単位が高い事業所、汎用設備比率が高いオフィス・商業施設で効果が大きい。 | 処置×事後×属性の交互作用、層別ATT |
本研究の独自性と期待される貢献
- 政策強度の段階差を利用する。制度導入の有無ではなく、義務率が8%/6%から17%/15%、さらに27%/25%へ引き上げられた局面を分け、規制強化の限界効果を推定する。
- 排出量と実質的省エネを分解する。CO₂排出量、一次エネルギー消費量、双方の床面積原単位を同時に用い、算定係数・調達行動と設備・運用改善を区別する。
- 同一都市内の比較群を厳密に設計する。東京固有の景気、気象、条例、電力供給ショックを共有する中小規模事業所を対照候補とし、PSMと完全一致で観測可能な構成差を縮小する。
- 長期動学と異質性を示す。イベントスタディにより政策前トレンドと効果の立上がりを確認し、建物用途・基準効率・規模別に政策反応を推定する。
- 国のGX-ETSへ接続する。都市型ETSで得られた規制強度、情報的支援、設備投資ラグ、成果指標設計の知見を、2026年度以降の全国制度の運用に還元する。
データと変数設計
6.1 分析単位・標本構築
分析単位は物理的な事業所×年度である。処置群は、第2計画期間開始以前から継続して削減義務対象であり、2010-2019年度の間に新規指定・指定取消・大幅な区域変更がない事業所とする。対照候補は、中小規模事業所のうち義務提出事業者が報告した事業所に限定し、建物用途と地域を完全一致させた上で、原油換算使用量・床面積・事前原単位が処置群と重なる上位層を用いる。
施設名称、住所、緯度経度、床面積、用途を用いて年度間の施設IDを構築する。名称変更・運営主体変更は文字列正規化とfuzzy matchingで候補を生成し、閾値近傍・重複疑義のあるケースを手動確認する。同一物理施設に複数報告がある場合は、報告主体の違いを記録した上で重複排除または使用量の整合的集計を行う。分析標本の包含・除外件数はフローチャートで完全に開示する。
図2分析標本の構築フロー
出所:筆者作成。PSM前に、制度区分の安定性、重複報告、単位・成果指標の調和化を確認する。
6.2 データソース
表4利用予定データと役割
| データ | 提供主体 | 主な項目 | 分析上の役割 |
|---|---|---|---|
| Tokyo ETS事業所データ・ダッシュボード | 東京都環境局 | 大規模事業所の年度別CO₂排出量、一次エネルギー原単位、床面積、用途、認定・再エネ関連情報等 | 処置群・主要成果 |
| 地球温暖化対策報告書制度オープンデータ | 東京都環境局/東京都オープンデータ | 中小規模事業所のCO₂、エネルギー、床面積、用途、対策実施状況、提出区分等 | 対照候補・共変量 |
| 過去の気象データ | 気象庁 | 気温、冷房度日・暖房度日、猛暑日等 | 気象ショックの統制 |
| 電力・エネルギー統計、排出係数資料 | 資源エネルギー庁・東京都 | 電力価格、電源・排出係数、制度別算定ルール | 震災後・算定変更の統制と解釈 |
| 経済センサス等(許可取得時) | 総務省・経済産業省 | 従業者数、売上・付加価値等 | 経済成果の補助分析(任意拡張) |
注:公開データ項目は年度により異なるため、変数可用性表を作成し、同一定義が確保できる期間を主分析に採用する。経済センサス等は利用許可が得られた場合のみ使用し、環境成果の主分析とは分離する。
6.3 主要変数
表5変数定義
| 変数 | 定義 | 留意点 |
|---|---|---|
| lnCO₂ | 年間CO₂排出量(t-CO₂)の自然対数 | 主要成果。期間別の算定係数を確認し、同一定義で比較。 |
| lnEnergy | 一次エネルギー消費量(GJ等へ統一)の自然対数 | 実質的省エネルギーの主要成果。 |
| CO₂原単位 | CO₂排出量/延べ床面積(kg-CO₂/m²) | 規模変化を調整した排出効率。 |
| Energy原単位 | 一次エネルギー消費量/延べ床面積(MJ/m²) | 規模変化を調整したエネルギー効率。 |
| Treat | 第2計画期間開始前から継続して削減義務対象 = 1 | 処置群識別。施設固定効果に吸収。 |
| Post II | 2015年度以降 = 1 | 第2計画期間への移行。 |
| Post III | 2020年度以降 = 1 | 第3計画期間への追加移行。 |
| X / W | 床面積、用途、事前原単位、エネルギー構成、地域、気象、電力価格等 | PSM共変量または時変統制。政策後に変化する媒介変数は主回帰で安易に統制しない。 |
実証分析の方法
7.1 推定対象と識別の考え方
本研究の主要な推定対象は、2015年度の義務率引上げが、継続的な制度対象事業所に与えた平均処置効果(Average Treatment Effect on the Treated: ATT)である。処置群は第1計画期間中にも規制を受けているため、推定値は「規制が全く存在しない場合」との差ではなく、「第1計画期間の制度強度が維持された場合」と比較した追加効果として解釈する。この明示的なestimandの限定により、PSMで2010-2014年度の施設状態を用いることの意味を明確にする。
7.2 傾向スコア・マッチング(PSM)
制度対象はエネルギー使用量の閾値で決まるため、処置群と非対象群の規模・用途・基準効率は大きく異なる。そこで、DIDの前段階でPSMを設計上の前処理として用いる(Rosenbaum & Rubin, 1983; Stuart, 2010)。施設 i が処置群に属する確率を、2010-2014年度の事前平均または2014年度直前値に基づく共変量 Xi からロジットモデルで推定する。
Xi には、対数床面積、建物用途、業種、事前のCO₂・エネルギー原単位、エネルギー構成、所在区、所有・賃貸構造(利用可能な場合)、報告継続年数を含める。主仕様では建物用途を完全一致させ、傾向スコアのlogitの標準偏差0.2をキャリパーとする1対3最近傍マッチング(非復元)を行う(Austin, 2011)。対照候補が十分に多いことを利用し、共通サポート外の観測は除外する。
マッチング前後のバランスは、各共変量の標準化平均差(SMD)で確認する。
原則として |SMD| < 0.10 を受容基準とし、Love plot、傾向スコア分布、分散比も併用する。基準を満たさない場合は、交互作用・非線形項の追加、exact matchingの細分化、キャリパー変更を事前に定めた順序で実施する。PSMは観測共変量の分布を整える手続であり、未観測交絡を除去するものではないため、平行トレンド検証と感度分析を必須とする。
7.3 差の差法(DID)
二期間のDIDの直観は、処置群の前後差から対照群の前後差を差し引くことで表される。
図33時点で示したDIDの識別イメージ
注:成果指標は説明用の指数であり、実データではない。平行トレンドが成立する場合、処置群の反実仮想は対照群と同じ変化幅を持つ。出所:筆者作成。
主分析では、マッチ後標本に対して次の施設・年度固定効果モデルを推定する。
Yit は各成果指標、αi は施設固定効果、λt は年度固定効果、Wit は気象等の外生的な時変統制、μs(i),t は建物用途または業種×年度固定効果である。βII が2015年度の規制強化によるATTを表す。標準誤差は施設レベルでクラスタリングし、運営主体が複数施設を保有する場合は主体レベルクラスタリングおよびwild cluster bootstrapを頑健性確認として用いる(Bertrand et al., 2004)。
第3計画期間を含む拡張モデルでは、次のように二つの段階的強化を分離する。
この仕様ではβIIが2015-2019年度の追加効果、βIIIが2020年度以降に上乗せされた増分を表し、第3計画期間の総効果はβII + βIIIである。ただし2020年度はCOVID-19による稼働率変化と完全に重なるため、βIIIは主結論ではなく拡張結果として扱い、業種×年度固定効果、テレワーク影響の大きい用途の除外、2020-2021年度の除外、2019年度基準の再推定を併記する。
7.4 イベントスタディと平行トレンド
2014年度を基準年として、政策前後の年別効果を次式で推定する。
政策前係数 βk(k < 0)が統計的・実質的にゼロ近傍であるかを確認し、共同有意性検定と信頼区間を報告する。平行トレンド検定の非棄却は仮定の証明ではないため、係数の大きさと方向、事前期間の短さ、検出力も併記する。制度強化が事前に予告され設備投資が前倒しされた可能性に備え、2014年度を移行年として除外する仕様、政策時点を2014年度に置く仕様、2012-2013年度のplaceboを実施する。
図4イベントスタディ係数図の提示形式(模式図)
注:点は年別係数、縦線は95%信頼区間を表す。数値は完全な仮定値であり、研究結果ではない。出所:筆者作成。
7.5 識別仮定・脅威・対処
表6主要な識別上の脅威と対処
| 論点 | 脅威 | 対処 |
|---|---|---|
| 条件付き平行トレンド | 規制対象施設は規模・用途・管理能力が異なる。 | 用途別完全一致、PSM、事前トレンド図、用途×年度固定効果、閾値近傍標本。 |
| 2011年の震災・節電 | 事前期間内に大きな共通ショックがある。 | 年度固定効果、2011年度除外、2012-2014年度のみの事前共変量、電力価格統制。 |
| 政策予告・先取り | 2015年以前に投資が前倒しされる可能性。 | イベントスタディのlead、移行年除外、代替政策時点。 |
| COVID-19 | 2020年以降の稼働率が用途別に急変。 | 第2期を主分析、第3期は拡張。用途×年度FE、2020-2021年除外、用途別分析。 |
| 閾値移行・標本脱落 | 施設が1,500kL閾値を跨ぐ、閉鎖・統合される。 | 継続施設を主標本、移行施設を別分析、attrition weighting、balanced panel比較。 |
| 測定・算定ルール | 排出係数や報告単位が期間で異なる。 | 共通単位への変換、期間別係数の固定、エネルギー成果を主要指標、監査可能なcrosswalk。 |
| 波及・同一所有者 | 対照施設にも企業内の省エネ管理が波及。 | 同一運営主体の処置・対照併存を識別し、除外/企業レベル分析。 |
| 未観測交絡 | PSMは観測変数のみを均衡化。 | Rosenbaum bounds、negative-control候補、placebo、代替重み付けで感度を示す。 |
7.6 頑健性・異質性・メカニズム分析
- マッチング仕様 1対1・1対5最近傍、復元あり、kernel matching、IPTW、overlap weighting、entropy balancingを比較する。
- 標本仕様 閾値近傍、balanced panel、用途別、2011年除外、2020-2021年除外、極端値winsorizeの有無を比較する。
- 推定量 対数、レベル、逆双曲線正弦変換、原単位、総量を併記し、Abadie(2005)のセミパラメトリックDIDも検討する。
- placebo 偽の政策年、政策の影響を受けにくい成果、政策前期間のみを用いた偽DIDを実施する。
- 異質性 用途、事前効率四分位、床面積、所有・賃貸、優良事業所認定、再エネ利用、設備更新余地で層別ATTを推定する。
- メカニズム 空調・照明・熱源設備、運用管理、再エネ調達、クレジット活用を媒介成果として別回帰し、主効果回帰ではpost-treatment controlとして安易に投入しない。
- 処置時点の差 新規指定・解除を含む拡張標本では、Callaway and Sant'Anna(2021)またはSun and Abraham(2021)の群・時点別ATTを使用する。
7.7 事前分析計画・再現可能性
データ閲覧前に、主成果、主標本、マッチング仕様、除外基準、主回帰、クラスタ単位を事前分析計画として固定する。原データ、加工データ、変数辞書、施設ID対応表、除外ログ、分析コードを分離し、各ファイルの取得日とハッシュ値を記録する。分析はR等の再現可能なスクリプトで実行し、マッチング前後の標本数、欠損率、SMD、重なり、全仕様の係数表を自動生成する。
有意差の有無だけでなく、係数を百分率効果へ変換し、95%信頼区間、事前平均、経済的・政策的な大きさを併記する。多重な異質性分析は探索的と明記し、主要仮説の検定と区別する。データ取得後には事前期間の分散・系列相関を用いて最小検出効果(MDE)を算出し、検出力不足の場合は「効果なし」ではなく「精度不足」と解釈する。
予想される結果と政策的含意
本研究は実証分析前の計画書であり、以下は検証されるべき予想であって結果ではない。主仮説は、第2計画期間の義務率引上げ後に処置群のCO₂排出量と一次エネルギー原単位が対照群より低下し、その効果が設備更新の進展に伴い数年かけて拡大するというものである。一方、既存研究が示すように、規制対象・非対象の双方で省エネが進んでいた場合、追加効果は小さい可能性もある。
表7推定結果のパターン別解釈
| 結果パターン | 政策的解釈 |
|---|---|
| CO₂・Energyともに有意な低下 | 規制強化が実質的な省エネを誘発。義務率の段階的引上げと設備投資支援の組合せを支持。 |
| CO₂のみ低下 | 燃料転換、低炭素電力、排出係数、クレジット等の経路が中心。エネルギー効率指標を制度KPIとして併用すべき。 |
| Energyのみ低下 | 省エネは進んだが電源排出係数等によりCO₂へ十分反映されない。供給側脱炭素との整合が必要。 |
| 追加効果が小さい/不精確 | 第1期で低費用対策が先行、義務率・価格シグナルが弱い、対照群にも情報政策が波及、または統計的検出力不足。 |
| 用途・効率層で差 | 一律義務率より、ベンチマーク、設備更新周期、テナント構造に応じた補完策が重要。 |
国のGX-ETSに対しては、(i) 排出量だけでなくエネルギー原単位を補助KPIとして追跡すること、(ii) 遵守期間と設備更新周期を整合させること、(iii) 価格シグナルだけでなく診断・情報開示・技術支援を組み合わせること、(iv) 業種別の反応差を踏まえてベンチマークと移行支援を設計すること、という含意が期待される。
実施可能性・研究倫理・限界
9.1 実施可能性
東京都は大規模事業所の排出・原単位・属性を可視化するダッシュボードと、中小規模事業所の報告書制度データを公開している。したがって、環境成果に関する主分析は公開情報を中心に実施可能である。最初の3か月で年度別項目の可用性、施設IDの連結率、重複報告、処置・対照の共通サポートを予備確認し、主成果に必要な同一定義が確保できる期間を確定する。
9.2 研究倫理・データ管理
公開データは個人情報を主目的としないが、事業所名・所在地等から法人活動が識別され得る。研究結果は原則として集計値・匿名化IDで提示し、個別事業所の優劣を不必要に公表しない。利用規約、著作権、引用条件を遵守し、手動照合用の名称・住所ファイルはアクセス制限された領域に保存する。許可制統計を利用する場合は、指定された安全管理措置と結果審査に従う。
9.3 限界
- 大規模・中小規模制度は報告義務、測定精度、施設境界が完全には同一でなく、PSM後も測定差が残り得る。
- PSMは観測可能な属性のみを均衡化するため、管理能力・経営者の環境意識等の未観測差を完全には除去できない。
- 第3計画期間はCOVID-19と重なるため、第2計画期間より因果推論の不確実性が大きい。
- 公開データだけでは売上・付加価値等の経済成果を十分に把握できず、環境効果と競争力の同時評価は追加の統計利用許可に依存する。
- 第4計画期間から排出量算定が変わるため、2025年度以降を同一系列として単純に接続できない。
これらの限界を明示した上で、本研究は「観測可能な同一都市内施設を用いた、規制強化の追加効果」という限定された因果命題を検証する。
研究計画(24か月)
表8研究スケジュール
| 期間 | 作業 | 成果物 |
|---|---|---|
| 1-3か月 | 制度・先行研究レビュー、公開データ取得、変数可用性表、予備連結、事前分析計画 | 文献レビュー、データ監査報告、pre-analysis plan |
| 4-6か月 | 施設ID構築、重複統合、単位調和、欠損・外れ値処理、記述統計 | 分析用パネル v1、コードブック、標本フロー |
| 7-9か月 | PSM仕様確定、共通サポート・SMD診断、主標本確定 | マッチング診断一式、分析用パネル v2 |
| 10-12か月 | 第2計画期間の基準DID、イベントスタディ、placebo | 中間報告、主結果表・図 |
| 13-15か月 | 代替マッチング、閾値近傍、attrition、クラスタ・感度分析 | 頑健性付録、研究会報告 |
| 16-18か月 | 第3計画期間、COVID対処、異質性・メカニズム分析 | 拡張結果、政策含意メモ |
| 19-21か月 | 全章執筆、図表統一、再現性監査、指導教員コメント反映 | 論文初稿、再現パッケージ |
| 22-24か月 | 改稿、学会・研究会発表、最終稿・投稿準備 | 修士論文/投稿稿、政策要約 |
論文の予定構成
表9章構成
| 章 | 内容 |
|---|---|
| 第1章 | 問題設定、研究目的、貢献 |
| 第2章 | Tokyo ETSと中小規模事業所制度の制度背景 |
| 第3章 | 先行研究レビューと仮説 |
| 第4章 | データ構築、変数、記述統計、マッチング診断 |
| 第5章 | 第2計画期間の主分析 |
| 第6章 | 第3計画期間、頑健性、異質性、メカニズム |
| 第7章 | 結論、政策含意、限界、将来課題 |
参考文献
以下はAPA第7版に準拠し、和文機関資料は原表記を保持した。本文で実際に使用した文献・資料のみを掲載する。
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推定結果表の標準様式(記入例ではなく空欄テンプレート)
表A1PSM後DID推定結果の報告テンプレート
| 変数/仕様 | lnCO₂ | lnEnergy | CO₂原単位 | Energy原単位 |
|---|---|---|---|---|
| Treat × Post II | — | — | — | — |
| Treat × Post III | — | — | — | — |
| 施設固定効果 | Yes | Yes | Yes | Yes |
| 年度固定効果 | Yes | Yes | Yes | Yes |
| 用途×年度固定効果 | Yes | Yes | Yes | Yes |
| マッチング重み | Yes | Yes | Yes | Yes |
| 観測数 | — | — | — | — |
| 施設数 | — | — | — | — |
| 事前平均 | — | — | — | — |
注:係数、施設クラスタ頑健標準誤差、95%信頼区間、p値または有意記号を統一ルールで示す。主結果では標準化効果ではなく、元単位への換算値と政策的な大きさも併記する。
提出用短縮版への圧縮原則
表A2提出上限別の圧縮方針
| 提出上限 | 圧縮方針 |
|---|---|
| 2ページ指定 | 要旨を省き、背景・ギャップ・RQ・データ・PSM-DID・貢献・主要文献に限定。図はDID概念図1点、表は研究設計1点。 |
| 4ページ指定 | 本稿の1-7章を維持し、制度説明・頑健性を圧縮。先行研究表、変数表、DID式、スケジュールを残す。 |
| 6ページ以上 | 本稿の主要部分を利用可能。参考文献と図表の改頁を調整し、志望教員の研究との接続を追記。 |
注:志望校・研究科ごとの指定様式がある場合は、本稿の章番号や図表数よりも指定項目を優先する。
提出前の学術品質チェックリスト
表A3確認軸と合格基準
| 確認軸 | 必須確認 | 合格基準 |
|---|---|---|
| 文献の実在性 | 著者・年・題名・掲載誌・巻号・頁・DOI/公式URLを原資料と照合し、本文中引用と参考文献を一対一で対応させる。 | 全件照合済み |
| 研究ギャップ | 既知の知見、未解決点、本研究が新たに識別する対象を同一段落で区別する。 | RQ・仮説と整合 |
| PSM診断 | 共通サポート、マッチ後標本数、SMD、Love plot、標本脱落を報告する。 | |SMD| < 0.10 |
| DID妥当性 | 事前係数、イベントスタディ、クラスタ標準誤差、placebo、代替仕様を事前に定める。 | 主仕様と頑健性を分離 |
| 結果の表示 | 係数・95%信頼区間・元単位換算・政策的な大きさを示し、仮定値を実証結果として提示しない。 | 再現可能な表・図 |
| 提出仕様 | 字数、余白、フォント、引用様式、図表番号、匿名化、ファイル名を志望研究科の要項で最終確認する。 | 要項を最優先 |
注:本チェックリストは内容の自動保証ではない。研究対象・データ公開状況・指導教員の専門に応じて、識別戦略と文献を再検討する。
